子どもが主役に。
子どもは、どの子も天才だと思う。
子どもを見ていると、無限のエネルギーを感じる。
それは霊的であり崇高でもある。
子どもが、喜びとともに一心に楽しんで遊んでいるとき、天使に見守られているかのようである。
何か危ないことが起きるときは、周りにいる大人が抱えている子どもを心配するネガティブなエネルギーによって引き起こされることもあるようだ。
一歩離れて子どもを見ると、どれだけ“今を生きる”ことに徹しているか、感動である。
純粋無垢な赤ちゃんの瞳に見つめられると、誰もが癒される感覚を持つだろう。
その子が、手足を広げ、あらゆる感覚を開いて周囲を見回し、世界とひとつになろうとしている。
よく見極めないと、大人から見て善くないと思えることのなかに、ときに幼子にとって善であり必要なことがあることがある。
生きる意志が育つ瞬間であると思って見る必要があること。
“あるがまま”であることを、愛と喜びで受け止められて育てられた子は幸いである。
その子は、“花”となり周囲に愛と光の波動を香りのように解き放つだろう。
愛と光と感謝をこめて